生涯一書痴! 病高じて古本屋の店主になってしまった、ぺんぺんの読書日記です。書評ってほど偉そうなものではないですが(汗)読んで楽しかった本、いろいろ考えた本を紹介したいです
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まだ、現実から、薄い空気の膜一枚、隔てたところに
いるような気がする。

空気さなぎの中にいるみたいな。

丸一日、「1Q84」の世界にいたら、
現実に、なかなか戻ってこられなかった。

まだ、出版されたばかりで、
読了されてない方も多いだろうから、
内容については、深くは触れずにおこうと思う。
なるべく、ネタバレにならないように、
上手く書けるかは、少し自信がないんだけど(汗)

刊行まで、何の宣伝も情報もなかったのは、
先入観や予備知識なしに、
ただ、物語の世界で、それぞれが
自分だけの「1Q84」を生きてほしいってことだと思うから。
あたしも、できるかぎり、それを損ねないようにはしたい。

そして、一応、断っておくと、
便宜上、書評、ブックレヴューという名前はついているけど、
これは、あくまでもあたしの個人的な感想文だからね。

さて。
この物語の主人公は、
筋肉とマーシャル・アーツを専門とする、
ちょっと変わったトレーナーのような仕事をしている「青豆」さん(女性)と、
予備校の数学講師をしながら、
小説を書いている「天吾」くん(男性)。

青豆さんは、時折、老婦人から依頼される彼女にしかできない「副業のようなもの」から、
天吾くんは、知り合いの編集者に持ちかけられた、新人賞の応募原稿のリライトの話から、
それぞれに別の道を経て、
同じ場所にたどり着く。
真実という惑星の周りをめぐる二つの衛星。
微妙な軌道の違いの問題で、お互いに、その存在を知ることはない。
けれど、それは確かにそこにあるのだ。
空に浮かぶ、大きな黄色い月小さな緑の月のように。

各章で、二人の物語が交互に語られる。

構成としては、
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」
に近いかな。

最初、関連性の見つけられない二つの物語が、
ある一点で接し、
やがては、さらに複雑に絡み合っていく、
それは、あらかじめ誰にでも予測できることだし、
こういう書き方自体は、
小説でも、漫画でも、
それほど目新しいものでもない。
それでも、初めて、二人のあいだの接点が出現したとき、
少しずつ、本人たちは気付かないままに、
彼と彼女の距離が近づいていくことを実感していく過程には、
細胞の全部が、ざわざわとふるえるような気持ちになった。

素直な感想を言えば、
「あたしにとって」、この本は、今までで読んだなかで、一番印象的な「恋愛小説」だ。

「愛」についての記述に最も共感を覚えた、という意味で。

甘ったるいラブソングの「運命」なんていう言葉を、
もう信じられなくなるくらいには(笑)、充分な数の恋をして、
まがいものの「運命の人」なら、一山いくら、で売れるくらい手に入れた。

「大人になってわかったけど、白馬の王子様って、おらんもんやったんやねぇ」
「さがしゃどっかにおるもんやと思うとったけど、アレはおらん。ツチノコと一緒や」

(『パーマネント野ばら』西原理恵子)


「運命の人」「100%の女の子」ツチノコの一種かもしれない(笑)

でも、青豆さんと天吾くんの世界にいるあいだ、
それを信じたい気持ちになった。

たった一人の人だけを愛し続けること。
20年ものあいだ、互いにそれを伝えることもないのに、
同じ気持ちを持ち続けていること。
結婚の条件とか、相手が思いを返してくれるかどうかとか、
そんな現世的なこととは何の関係もなく、
ただ、心が自然に誰かを選び取ってしまうこと。
わかちがたくその人が自分の魂と繋がっているということ。
そしてそれが許されること。
それは、あたしの思う「しあわせの概念」にかなり近い。

錯覚でもいい。
だって、
「君の愛がなければ、それはただの安物芝居に過ぎない」
(『イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン』)

のだし、
「君が世界を信じなければ、またそこに愛がなければ、すべてはまがい物に過ぎない」
(『1Q84』BOOK2 第13章)

から。

             *         *         *

二日間で、二度読んだ。
一度目は、普通に。
二度目は、青豆さんの章だけを続けて、次に、天吾くんの章だけを続けて。

二度目に読んだときは、
「喪失」「選択」という言葉が、
頭の中で、白くチカチカと光っていた。

このお話をある種の寓話としてとらえたら、
その教訓は、なんだろう。

決して帰りの列車の停まることのない猫の町。
この世ではない、失われるべき場所。
月のふたつある世界。
呼び名はどうであれ、
取り返しのつかないところまで、
運ばれてしまうその前に・・・。
選ぶこと?
大切なものを、きちんと。
できればタイミングを間違えないように。


             *         *         *

発売日に、購入して、
読み終わるまでのあいだに、
何度、この本のニュースを目にしたことだろう。
文芸や、出版業界のニュースではなく、
一般ニュースで、これほど、「村上春樹」という名前を、
聞くことになるとは思わなかったなあ・・・。

初めて、読んだ18歳の頃、
『ノルウェイの森』が出る少し前の春樹さんは、
もう充分に人気のある作家だったけれど、
それは、文学好きの一部の人だけに共有される暗黙の了解みたいなもので、

「村上春樹が好きなんだ」
「俺も」


という会話だけで、下手したら、恋が始まってしまうくらい(笑)、
まだ、その名は、ささやかで親密な空気の中にとどまっていた。

いつのまにか、彼の本が、ベストセラーになり、
こんなに多くの人に読まれるようになった理由は、なんだろう、
って考えてみた。

彼の本(特に長編小説)が、

「多義的な読み方、を許す、小説」

であること、
が最大の理由じゃないかと、あたしは思う。

先に書いたように、恋愛小説ともとれるし、
教訓を含んだ童話、寓話のようでもあるし、
作中の、ある仕掛けを取り上げればSFと呼んでもいいし、
現実世界では、あたしたちの知らない架空の存在、
(妖精、幽霊、神様、悪魔、精霊と同じように、
もしかしたら、いるかもしれないし、いないかもしれないもの)
を扱っている点では、ファンタジーだ。
タイトルと、その内容から、ジョージ・オーウェル「1984年」を意識した
ディストピア小説、という解釈だってできるし、
ハードボイルド小説めいた雰囲気を持ち、
大きな謎を含んだミステリーでもあり、
「とてもとても怖い物語」という意味では、ホラーと呼んだってかまわない。
80年代という近い過去の日本を舞台にした架空の歴史小説
カルト教団を諷刺する社会派小説・・・
要するに、なんだっていいのだ。

それは読者の判断に委ねられているのだと思うから。

読者には、誤読の自由がある。

というより、春樹さんの小説には、
初めから、「こういうふうに読んで欲しい」とか「こう読むべきだ」
というような押し付けがましさがない。
それは、ただ、作品として、提示されるだけだ。
書く側のメッセージ、伝えたいこと、
というのはもちろんあるのかもしれないけど。

村上春樹の研究本、ガイドブック、作家論、作品論の類が、
現代の他の作家さんに比べて、格段に多いのは、
彼が「ベストセラー作家」「人気作家」だからではなく、
その、読み手の自由度の高さ、が、
様々な思索を喚起し、
どのように読み解くべきなのか、を語りたくなり、
また、自分以外の読み手がそれをどう読んだか
を知りたくなる、からではないか。

引用される、たくさんの本、映画、音楽。
そして、さらに多くの比喩(メタファー)。

あまりにもピースが多すぎて、
完成したときの全体像が想像できないパズル。
人によっては、本来入らないはずのところに、
別のピースがどういうわけか上手く嵌ってしまい、
他の人とは出来上がりが違ったりするパズル。
そして、たとえ、途中でいらいらしたり、わからなくなったりしても、
そのパズルを作ること自体は、誰にとっても、楽しいのだ。

あたしは、春樹さんの小説をそういうものだと思っている。

「1Q84」でも、
他のいくつかの春樹さんの小説と同様に、
過去の他の作家さんの作品からの引用が、
物語に、深みと、様々な想像の余地を与えてくれる。

今回の作品に出てくるのは、
チェーホフの『サハリン島』
『平家物語』
どうやら、架空の作中作であるらしい『猫の町』
(あまり有名でないドイツの作家が書いたもので、
旅についてのアンソロジーの中の一編ということになっている。
該当する作品が見つからなかったから、多分そうだと思う)
そして、
ジョージ・オーウェルの『1984年』

「2足す2は5である」世界は、
特に、イメージの素として、物語に深い影響を与えている気がした。

でも、何よりも
(いま、この文章を書きながら、再々読に入っているのだけど)
「1Q84」のテーマは、
結構ストレートに、
エルサレム賞(イスラエルの文学賞)授賞式の講演で、
春樹さんが語ったこと、そのままでいいんじゃないかと思う。

「私たちはみんな、多かれ少なかれ、卵なのです。
それぞれに、はかなくもろい殻の中に入った、かけがえのない、取り替えの利かない魂です。
これは私にとっての真実であり、みなさん一人ひとりにとってもそうです。
そして、私たちはすべて、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。
その壁には「システム」という名前がついています。
本来は私たちを守るはずの「システム」は、時に独走し、
私たちを殺し、さらに他者を殺すようにしむけ始めます。
冷酷に、効果的に、組織的に。

ひとつひとつの魂の尊厳を導き出し、光を当てること、
それが、私が小説を書くただひとつの理由です。
物語の目指すものは、
「システム」の網の目に私たちの心が絡め取られ、汚され傷つけられることを防ぐために、
常に「システム」に対する警鐘を鳴らし、それを白日の下に明らかにし続けることです。
生と死にまつわる話、愛の物語、
ときに、人々を泣かせ、恐怖に震えさせ、腹の底から大笑いさせる物語を紡ぐことによって
かけがえのない、一人ひとりの心の在り様をくっきりと描き出そうと試み続けることが、
小説家の仕事であると、私は確信しています。」

(2009年2月15日 「エルサレム賞」受賞式でのスピーチの一部。
しっかりと受け止めるために、稚拙だけど、ここだけ自分で訳してみた)


避けがたく、逃れようもなく、いつのまにか組み込まれてしまった「システム」の中で、
ちっぽけにみえる人間が、自分を、そして愛する人を守るために何ができるか。

多分、そういうこと。

まあ、なにはともあれ、
この本を読んで、あたしはよかった。
そして、これからも何度も読むだろう。
上下巻ではなく、Book1/Book2という形式であり、
巻末に作品自体の「完」や「了」という記述がないことから、
どうしても続編があるのでは?
というより、
あればいいな、と思ってしまうんだけど(笑)

1Q84

「1Q84」(Book1/Book2)村上春樹(新潮社)

村上春樹の本を古本ぺんぎん堂で見る    
店主の好きな作家・村上春樹



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今日のも、ブックレビューというより、
覚え書きです。

あたしの蔵書だけど、
先日、店に出して、
未練たらたらに、ちょっと高額だったにもかかわらず(笑)、
ありがたくもご注文をいただきました。
だから、あたしの本であるのは、今日で終わり。

あとで、思い出せるように、
どんな本だったか、少し書き留めておこうかと思って。

1981年7月20日
講談社から刊行された、
村上龍と村上春樹の対談集

まずは、若き日のお二人の写真。

うわー。うわー。ほんとに若いなあ・・・

と、ちょっと、笑ってしまう。
・・・いや、待てよ。

30年近い月日が経ってるということは、

これを書いているあたしにも、
同じだけの時間が流れたってことで・・・

いま、かなり微妙な気分になった(笑)

記憶を取り出しやすいように、
とりあえず、目次、書いとこ。


都会と田舎
なぜ小説を書くのか
新人賞の周辺
一つの言葉から
記号と会話
うちのかみさん
わが愛するネコたち
チャーリー・パーカーを聴いたか
小説家という職業
三作目で飛べ


コインロッカー・ショック
「グッド・ライティング」と「トゥルー・アート」
飢えと文学
『ブルー』から『コインロッカーまで』
冷酷と傲慢
『風の歌』と『ピンボール』の世界
小説のブラックホール
ただ作品があるだけだ
セックスと死
「切符自動販売機」型モラル
知性と感性
作品、表と裏
一人と二人の日常
がまん、がまん、そして感動
日本の小説、外国の小説
僕にとっての名文とは
パワーの拒否
What happened is all good
六十年、七十年代に何があったのか


村上龍のこと(村上春樹)
村上春樹のこと(村上龍)


Ⅰは、1980年7月29日に、
Ⅱは、1980年11月19日に、
行われた対談。
Ⅲは、あとがきにかえて、
二人がお互いについて書いた短い文章。

何もかもが懐かしい(笑)

1980年。
春樹さんは、
『風の歌を訊け』『1973年のピンボール』で
高い評価を受けたあと、
後に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の原型となった、
『街と、その不確かな壁』という中編を書き、
(二つの対談の狭間に『文學界』に発表された)
「僕と鼠」の物語の三作目(『羊をめぐる冒険』)の構想を練りながら、
ご自分の店である千駄ヶ谷のジャズ喫茶「ピーター・キャット」で働き、
奥さんと2匹のシャム猫と暮らしていた、
というのがわかった(笑)

ちなみに、当時、あたしはまだ小学生。
『1973年のピンボール』に出会い、
この『ウォーク・ドント・ラン』を含め、
村上春樹の既刊を買い漁り読みふけることになるのは、6年後。

この頃(1980年代)は、
春樹さんと龍さんが、並べて語られることが多かったなあ。

若い頃の3歳差というのは実は結構大きいのだが(笑)
大雑把なくくりでいえば、
年齢が近いこと(村上春樹1949年生まれ、村上龍1952年生まれ)
近い時期に、「群像新人文学賞」でデビューしたこと、
(村上春樹1979年受賞、村上龍1976年受賞)
それぞれ3作目である長編小説で「野間文芸新人賞」を受賞していること、
(第3回:村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』
 第4回:村上春樹『羊をめぐる冒険』)
文体、作風はずいぶん違うけど、
新しい時代の小説の担い手として、期待されていたことで、
二人を一緒に紹介したり、対比するような記事が書かれたりもしていた。

この対談集では、
ライバルというほどの敵対関係ではなく、
友人というには、あまりに互いの違いを認識しすぎている二人の、
微妙な距離感が、ふわふわと漂っていて、ある意味で楽しい(笑)

龍さんは、「小説は自己解放だ」と言い、
春樹さんは、「小説は自己変革だ」と言った。


当時、その目指すものの違いによって、
前者は、ひとつのムーブメントを起こすだけの瞬発力と破壊力
後者は、長く読み継がれるものを書き続ける持続性
をそれぞれ持っているのではないか、とあたしは思った。
これについては、あながち、間違った印象でもなかったかも。

対談集というのは、確かに面白いな。
小説では、見えてこない作家の素顔を垣間見ることができるし、
故・吉行淳之介さんのように、
人の話を引き出すのが、それはもう天才的に上手い人がいたり、
作品を読むだけでは、すべては理解することが難しかった、
テーマやその意図するところについて、
著者自ら語ったものを読むことによって、補足的な知識を得ることが、
より深く作品世界に入り込む、助けとなることもある。

でも、この対談集を読んで、

「やっぱり、作家は文章を書くのが仕事なんだ」

というのをあらためて、認識した。
だって、多岐にわたる主題で語られ、創作の過程や、興味の対象について、
あふれるように語られた対談の内容が、充分に面白いものであったにかかわらず、
一番、印象に残ったのは、
たった2ページずつの、二人の書いた文章だったんだもの(笑)

対話をしている村上春樹と村上龍は、
人間としての村上春樹と村上龍であって、
作家・村上春樹と作家・村上龍は、
その人間としての彼らに包括されるものではあっても、
全く、別のフェイズで、
書くことによって、あたしと、そして世界と繋がっている存在なんだ。
良くも悪くも、
その人が最も上手く効率的に説得力と共感を持って、世界とアクセスする方法が、
「書くこと」である人種を「作家」と呼ぶんだ。
・・・という気がした。

いまとなっては、村上春樹ファン、コレクターの最大の関所というほど、
入手しにくくなり、
どれほど復刊リクエストがあろうとも、
再版話が、ちらりとも出ない、「ウォーク・ドント・ラン」

店の商品情報のレヴューのほうには、
この本が頑なに再版されないのは、
若気の至り?な気負った発言や、
今とは考え方が変わってしまった部分を含め、
春樹さんにとっても、龍さんにとっても、
あれやこれや気恥ずかしいので、
(あたしたち一般ピープルで言えば、
「幼い日の、鼻にビー玉を詰めたおポンチな写真」や、
「ロマンティックな詩集から拝借した言葉でコラージュした
背筋がムズムズする中学生時代のラブレター」

のように。笑)
厳重に封印されたのでは?
という世間でも言われている推測を書いたのだけど、
もしかしたら、
春樹さんについて言えば、
専門的な知識を持つ方に話を訊くとか(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』
たぶん、どうしても、ああいうかたちで消化する作業が必要だったと思われる
『アンダーグラウンド』『約束された場所で』のようなノンフィクション以外は、
あらゆるものを

「小説という作品の中で伝えること」

が自分にとって最上の手段である、という認識に至ったのではないか、
というような気がした。
どうだろう?

タイトルの『ウォーク・ドント・ラン』は、
村上龍の巻末の一文から、取られている。

―村上春樹のことを考える時、ある情景が浮かんでくる。
知り合ったばかりの音楽好きの少年が二人、部屋でレコードを聞いている。
プレイヤーから流れているのは、ヴェンチャーズの「ウォーク・ドント・ラン」だ。
(略)二人は何回も、何十回もレコードを回す。
そして、窓の外が暗くなった頃、一人が「いいなあ」と言って、もう一人がうなづいただけで、
二人の少年はお互いの部屋へと帰っていく。(略)
僕らが演奏家だったら、あのいかした曲を、ギターとベースで一緒にやれるのになあ、そう考える。
小説家は、同じ曲を演奏することができない。

(「村上春樹のこと」~『ウォーク・ドント・ラン』より)

ウォーク・ドント・ラン

「ウォーク・ドント・ラン」村上龍・村上春樹(講談社)

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「ウォーク・ドント・ラン」村上龍・村上春樹



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