生涯一書痴! 病高じて古本屋の店主になってしまった、ぺんぺんの読書日記です。書評ってほど偉そうなものではないですが(汗)読んで楽しかった本、いろいろ考えた本を紹介したいです
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ギリシャ、トルコでの旅を、
村上春樹さんの文章と、松村映三さんの写真で綴った旅行記。

下の画像は、1990年発行の初版本。
現在入手可能な、2008年版の単行本は、
この本に、未発表写真を加えて再編集した新装版。
最初の本は、
GREECEギリシャ編「アトス―神様のリアル・ワールド」
TURKEYトルコ編「チャイと兵隊と羊―21日間トルコ一周」

からなる函入2冊セットだった。
装丁が美しくて好きな本。

あたしの蔵書だけど、
お客様にお譲りすることにしたので、
手離す前に、少し何か書いておこうかと思って。

エーゲ海から峻険な2000メートルのアトス山が切り立つ半島を、
修道院に泊まりながらひたすら歩くギリシャ編。
アトスは、東ローマ皇帝、トルコ人、ギリシャ政府・・・とどのような政治体制下にあっても、
微塵もゆらぐことのない宗教的共同体として、
完全な自治を認められているギリシャ正教の聖地。
女と名のつくものはたとえ犬といえど一歩も入れない聖域で、
二十の修道院に約二千人の僧が、
厳しい戒律と厚き信仰の下に、
ビザンティン時代とほとんど変わらない質素な自給自足の生活をしながら、
神に近づくために日々祈りを捧げている。

『僕は本でアトスのことを読んで以来、どうしてもこの土地を一度訪れてみたかった。
そこにどんな人がいて、どんな生活をしているのか、この目で実際に見てみたかったのだ。』

(GREECEギリシャ編「アトス―神様のリアル・ワールド」より)

そんな理由で始まったギリシャへの旅。
そして、そのまま国境を越えて、トルコへ。
この旅の7年ほど前、たった一日だけ、泊まることもなく、トルコに足を踏み入れた彼は、
短い時間でありながら、
トルコという国に、そこにあった空気の質のようなものに、引きつけられ、
いつか再訪を・・・できれば、今度はゆっくりと時間をかけて、
トルコを旅行して回ってみたいと思っていたという。

神々の山の静謐で荘厳な空気、
エーゲ海のくっきりした光と影、
兵隊だらけの孤独な国、
埃っぽい道、
アジアの端っこの乾いた熱風、
羊の海、
そして、行く先々で出会う人々。

光や空気や熱や匂いさえ、立ち上ってくるような、旅の記録は、
春樹さんの文章を愛する人だけでなく、
旅を・・・そして、かの国を愛する人々に、
強い共感と、
デジャヴュのような懐かしさと、
ここではないどこかへ、今すぐ出かけたくなるような、
なんだか落ち着かない気持ちさえ抱かせるような、
すぐれた紀行文。

でも。
あたしが、この本についてのレヴュー(つーか感想文)に名前をつけるとしたら、
どうしても、

「猫をめぐる冒険」

というタイトルしか思いつかない(笑)

何度か読み返した本なのに、
ギリシャ編、トルコ編ともに、
あたしの記憶に印象的に残っているのは、
どちらも猫にまつわる文章だからだ。

トルコ編では、『ヴァン猫』の章。
「トルコに来たら、何をしよう、何をしたいという希望は殆どなかった」
という春樹さんが、
唯一、かなえたいと思っていた、ささやかな希望というのが、
「もしできることならヴァン猫に会って、ヴァン湖で泳ぎたい」
というものだったらしい。
ヴァン湖は、アララット山の南方、イランの国境近くにある塩分濃度の濃い大きな湖で、
ヴァン猫は、この湖のそばに住む特殊な猫。
オッドアイ(左右の目の色が違う)の白猫さんなのだが、
泳ぎが大好き、という相当変わった猫なのだ。
「ヴァン湖でヴァン猫と一緒に泳ぐ」
これは確かに、かなり貴重な体験で、
猫好きにとっては、かなえてみたい夢のひとつだろう。
(あたしも、この本を読んで以来、いつか・・・と夢みたりしている)
結果として、猫と一緒に泳ぐことはできなかったけど、
ヴァン湖で泳ぐ、
と、
ヴァン猫に会う、
という彼の目的は果たされた。(ただし別々に。笑)
絨毯屋で「招き猫」としての任務を遂行している(?)ヴァン猫さんの話は、
是非、「トルコ編」で、読んでみて。

そして、ギリシャ編の『カフソカリヴィア』
アトスでの旅の終りに、カフソカリヴィアの宿坊で、
春樹さんと松村君は、史上最悪とも言える夕食をとることに。
石みたいに固くて一面に青黴が生えたパンを水でふやけさせたもの。
冷えた豆のスープに、どくどくと酢を注いだもの。
高血圧の人が食べたら、ばたばた死ぬだろうと思われる、
しょっぱい壁土みたいなフェタ・チーズ。

そのとき、修道院に、いついているらしい猫が現れ、
給仕の僧にエサをねだって、与えられた
「豆スープにつっこんだ黴パン」
を美味しそうに食べる。

このときの春樹さんの文章が、なんとも言えないくらい、印象的だ。

『本当に世界は広いと思う。
たぶんカフソカリヴィアに生まれて育った猫にとっては、
食料とは実に黴パンと酢入りの豆スープなのだろう。猫は知らないのだ。
山をいくつか越えると、そこにはキャット・フードなるものが存在し、
それはカツオ味とビーフ味とチキン味に分かれ、
グルメ・スペシアル缶なんてものまであるのだということを。
猫たちのあるものは運動不足・栄養過多で早死しているのだということを。
そして黴パンなんてものは断じて猫の食べるべきものではないのだということを。
そんなことはカフソカリヴィアの猫には想像もできないのだ。
きっと猫は、「おいしいなあ、今日も黴パンが食べられて幸せだなあ。生きててよかったなあ」
と思いながら、黴パンを食べているのだ。』

(GREECEギリシャ編「アトス―神様のリアル・ワールド」より)

アトスでの旅を終えて、
タベルナで、冷えたビールを飲み、
フィッシュ・スープとフライド・ポテトとムサカとサーディンとカラマリとサラダという現世的な食事を、
ビーチボーイズの音楽と共に楽しんだ彼は、
心底、黴パンとの別れを喜んだだろう。
それが良くも悪くも、彼(=あたしたち)にとってのリアル・ワールドだからだ。

それでも、旅についての文章を書きながら、春樹さんは、アトスを恋しく感じる。
人々が貧しいなりに、静かで濃密な確信を持って生きる地アトス。
「カフソカリヴィアの猫にとって、
黴つきパンは世界でもっともリアルなもののひとつだったのだ。」

と書かれているように、
黴パン猫は、異国の、異文化の、多様な価値観の象徴なのだろうか。

「さて、本当はどっちがリアル・ワールドなんだろう?」

という言葉で締めくくられるギリシャ旅行記は、
「旅をする」ということは、
二つのリアル・ワールドの狭間に身を置き、
自分の立っている場所を、確かめるための作業なのかもしれない、
ということを教えてくれる。

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