生涯一書痴! 病高じて古本屋の店主になってしまった、ぺんぺんの読書日記です。書評ってほど偉そうなものではないですが(汗)読んで楽しかった本、いろいろ考えた本を紹介したいです
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今日のも、ブックレビューというより、
覚え書きです。

あたしの蔵書だけど、
先日、店に出して、
未練たらたらに、ちょっと高額だったにもかかわらず(笑)、
ありがたくもご注文をいただきました。
だから、あたしの本であるのは、今日で終わり。

あとで、思い出せるように、
どんな本だったか、少し書き留めておこうかと思って。

1981年7月20日
講談社から刊行された、
村上龍と村上春樹の対談集

まずは、若き日のお二人の写真。

うわー。うわー。ほんとに若いなあ・・・

と、ちょっと、笑ってしまう。
・・・いや、待てよ。

30年近い月日が経ってるということは、

これを書いているあたしにも、
同じだけの時間が流れたってことで・・・

いま、かなり微妙な気分になった(笑)

記憶を取り出しやすいように、
とりあえず、目次、書いとこ。


都会と田舎
なぜ小説を書くのか
新人賞の周辺
一つの言葉から
記号と会話
うちのかみさん
わが愛するネコたち
チャーリー・パーカーを聴いたか
小説家という職業
三作目で飛べ


コインロッカー・ショック
「グッド・ライティング」と「トゥルー・アート」
飢えと文学
『ブルー』から『コインロッカーまで』
冷酷と傲慢
『風の歌』と『ピンボール』の世界
小説のブラックホール
ただ作品があるだけだ
セックスと死
「切符自動販売機」型モラル
知性と感性
作品、表と裏
一人と二人の日常
がまん、がまん、そして感動
日本の小説、外国の小説
僕にとっての名文とは
パワーの拒否
What happened is all good
六十年、七十年代に何があったのか


村上龍のこと(村上春樹)
村上春樹のこと(村上龍)


Ⅰは、1980年7月29日に、
Ⅱは、1980年11月19日に、
行われた対談。
Ⅲは、あとがきにかえて、
二人がお互いについて書いた短い文章。

何もかもが懐かしい(笑)

1980年。
春樹さんは、
『風の歌を訊け』『1973年のピンボール』で
高い評価を受けたあと、
後に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の原型となった、
『街と、その不確かな壁』という中編を書き、
(二つの対談の狭間に『文學界』に発表された)
「僕と鼠」の物語の三作目(『羊をめぐる冒険』)の構想を練りながら、
ご自分の店である千駄ヶ谷のジャズ喫茶「ピーター・キャット」で働き、
奥さんと2匹のシャム猫と暮らしていた、
というのがわかった(笑)

ちなみに、当時、あたしはまだ小学生。
『1973年のピンボール』に出会い、
この『ウォーク・ドント・ラン』を含め、
村上春樹の既刊を買い漁り読みふけることになるのは、6年後。

この頃(1980年代)は、
春樹さんと龍さんが、並べて語られることが多かったなあ。

若い頃の3歳差というのは実は結構大きいのだが(笑)
大雑把なくくりでいえば、
年齢が近いこと(村上春樹1949年生まれ、村上龍1952年生まれ)
近い時期に、「群像新人文学賞」でデビューしたこと、
(村上春樹1979年受賞、村上龍1976年受賞)
それぞれ3作目である長編小説で「野間文芸新人賞」を受賞していること、
(第3回:村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』
 第4回:村上春樹『羊をめぐる冒険』)
文体、作風はずいぶん違うけど、
新しい時代の小説の担い手として、期待されていたことで、
二人を一緒に紹介したり、対比するような記事が書かれたりもしていた。

この対談集では、
ライバルというほどの敵対関係ではなく、
友人というには、あまりに互いの違いを認識しすぎている二人の、
微妙な距離感が、ふわふわと漂っていて、ある意味で楽しい(笑)

龍さんは、「小説は自己解放だ」と言い、
春樹さんは、「小説は自己変革だ」と言った。


当時、その目指すものの違いによって、
前者は、ひとつのムーブメントを起こすだけの瞬発力と破壊力
後者は、長く読み継がれるものを書き続ける持続性
をそれぞれ持っているのではないか、とあたしは思った。
これについては、あながち、間違った印象でもなかったかも。

対談集というのは、確かに面白いな。
小説では、見えてこない作家の素顔を垣間見ることができるし、
故・吉行淳之介さんのように、
人の話を引き出すのが、それはもう天才的に上手い人がいたり、
作品を読むだけでは、すべては理解することが難しかった、
テーマやその意図するところについて、
著者自ら語ったものを読むことによって、補足的な知識を得ることが、
より深く作品世界に入り込む、助けとなることもある。

でも、この対談集を読んで、

「やっぱり、作家は文章を書くのが仕事なんだ」

というのをあらためて、認識した。
だって、多岐にわたる主題で語られ、創作の過程や、興味の対象について、
あふれるように語られた対談の内容が、充分に面白いものであったにかかわらず、
一番、印象に残ったのは、
たった2ページずつの、二人の書いた文章だったんだもの(笑)

対話をしている村上春樹と村上龍は、
人間としての村上春樹と村上龍であって、
作家・村上春樹と作家・村上龍は、
その人間としての彼らに包括されるものではあっても、
全く、別のフェイズで、
書くことによって、あたしと、そして世界と繋がっている存在なんだ。
良くも悪くも、
その人が最も上手く効率的に説得力と共感を持って、世界とアクセスする方法が、
「書くこと」である人種を「作家」と呼ぶんだ。
・・・という気がした。

いまとなっては、村上春樹ファン、コレクターの最大の関所というほど、
入手しにくくなり、
どれほど復刊リクエストがあろうとも、
再版話が、ちらりとも出ない、「ウォーク・ドント・ラン」

店の商品情報のレヴューのほうには、
この本が頑なに再版されないのは、
若気の至り?な気負った発言や、
今とは考え方が変わってしまった部分を含め、
春樹さんにとっても、龍さんにとっても、
あれやこれや気恥ずかしいので、
(あたしたち一般ピープルで言えば、
「幼い日の、鼻にビー玉を詰めたおポンチな写真」や、
「ロマンティックな詩集から拝借した言葉でコラージュした
背筋がムズムズする中学生時代のラブレター」

のように。笑)
厳重に封印されたのでは?
という世間でも言われている推測を書いたのだけど、
もしかしたら、
春樹さんについて言えば、
専門的な知識を持つ方に話を訊くとか(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』
たぶん、どうしても、ああいうかたちで消化する作業が必要だったと思われる
『アンダーグラウンド』『約束された場所で』のようなノンフィクション以外は、
あらゆるものを

「小説という作品の中で伝えること」

が自分にとって最上の手段である、という認識に至ったのではないか、
というような気がした。
どうだろう?

タイトルの『ウォーク・ドント・ラン』は、
村上龍の巻末の一文から、取られている。

―村上春樹のことを考える時、ある情景が浮かんでくる。
知り合ったばかりの音楽好きの少年が二人、部屋でレコードを聞いている。
プレイヤーから流れているのは、ヴェンチャーズの「ウォーク・ドント・ラン」だ。
(略)二人は何回も、何十回もレコードを回す。
そして、窓の外が暗くなった頃、一人が「いいなあ」と言って、もう一人がうなづいただけで、
二人の少年はお互いの部屋へと帰っていく。(略)
僕らが演奏家だったら、あのいかした曲を、ギターとベースで一緒にやれるのになあ、そう考える。
小説家は、同じ曲を演奏することができない。

(「村上春樹のこと」~『ウォーク・ドント・ラン』より)

ウォーク・ドント・ラン

「ウォーク・ドント・ラン」村上龍・村上春樹(講談社)

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「ウォーク・ドント・ラン」村上龍・村上春樹



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